駅があった風景 日本国有鉄道 吾妻線太子支線 @ : 長野原草津口駅太子駅
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関   東
     
渋  川  ⇔  太  子
東日本旅客鉄道 吾妻線(あがつません)

 
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乗換のご案内
日本国有鉄道 吾妻線
渋川 ⇔ 長野原
     
       
 
20217月 撮影     
     
駅名  長野原草津口(ながのはらくさつぐち)
駅構造
 盛土式島ホーム12線の地上駅。
駅舎
 構内南側にS造の地上駅舎。
駅前広場  ロータリーあり。
管理形態
 社員配置。
きっぷ
うりば
 出札窓口 : なし。
 券売機 : 指定席券売機(1台)、自動券売機(1台)。
改札  簡易Suica改札機。(ICカード対応駅)
 有人改札口。
トイレ  あり。(改札外)
駅内店舗
 有人店舗 : なし。
 自動販売機 : 飲料(改札内)
連絡通路
 構内通路。
 南北自由通路。(人道橋)
乗車人員  465人/日(2020年度平均)
 741人/日(2019年度平均)
管轄
 東日本旅客鉄道 高崎支社。
所属路線  吾妻線。
管理
 長野原草津口駅。
発着列車  下り 大前方面 17本/日 (2番のりば)
 上り 渋川方面 10本/日 (12番のりば)
 特急「草津」および普通列車が停車する。
主な歴史

 1945年(昭和20年)12
  国有鉄道(運輸通信省鉄道総局)長野原線の
  長野原駅として開業。 貨物駅。
 1946年(昭和21年)420
  旅客営業を開始。一般駅化。
 1954年(昭和29年)621
  太子支線が旅客営業を開始。
 1970年(昭和45年)111
  太子支線の営業を休止。
 1971年(昭和46年)37
  路線名変更により、吾妻線の所属駅となる。
 1971年(昭和46年)51
  太子支線廃止。
 1987年(昭和62年)41
  国鉄分割民営化によりJR東日本の所属駅となる。
 1991年(平成3年)121
  長野原草津口駅に改称。
 2013年(平成25年)81
  新駅舎が供用開始。

所在地
 群馬県吾妻郡長野原町大字長野原1276
接続バス  【長野原草津口駅】バス停留所
  場所 : 駅前ロータリー。 
  運行 : JRバス関東
   ・高速バス 上州めぐり号、東京めぐり号
   ・志賀草津高原線
  運行 : 草軽交通
   ・北軽井沢⇔長野原草津口
  運行 : 中之条町営バス(六合地区路線バス)
   ・野反湖⇔長野原草津口
駅周囲
その他

 草津温泉の最寄り駅となっており、駅前よりJRバスの
 便がある。(運賃は大人710円・交通系ICカード可)
 駅東側の八ッ場ダム建設に伴い、長野原町役場や
 周辺施設の移転等が発生しており、現在の駅周辺は
 水没地域の代替地として開発段階にあり、住宅や
 店舗は少ない。
 長野原町の中心駅であり、町役場は駅の南(吾妻川
 対岸)600m程に位置する。
 かつての町役場は、隣の群馬大津駅との中間付近の
 長野原町大字長野原66-3 にあったが、2018
 (平成30年)1225日に、現在の場所に移転となった。

 

 

     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
  長野原草津口駅 駅舎。
2階建ての大きな駅舎を有するが、太子線が発着していた当時は
改称前の 『長野原駅』 あり、駅舎は改築前で現駅舎の右手(東側)
にあり、改札口は3F建て駅舎の2F部分にあった。
   
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
  現在の駅舎出入口の様子。
出入口は左手、正面は情報観光コーナー(待合室)となっている。

   
     
       
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
  現在の上り1番のりばより、下り万座・鹿沢口方面を見る。
太子支線が旅客営業を行っていた当時は、
まだ当駅(現長野原草津口)-大前間が開業しておらず、
列車は、(高崎)渋川-長野原-太子間にて運行しており、
列車は写真前方の太子に向かって発車していた。
当駅-大前駅の延伸開業は、太子支線休止(197011月)後の
1971年(昭和46年)37日となっている。

太子支線が営業していた当時の駅舎は、写真の車止め先左手にあり、
2Fの改札口から当ホームへは跨線橋が架橋されていた。
また、1番線(下り本線)に車止めが設けられ、
改札口が1Fに移転したのは、太子支線廃止の40年後、
2011年(平成23年)625日のことである。
   
     
     
     
     
     
     
     
     
         
           
 
 
         
 
白砂川橋梁
    202210月 撮影  
           
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
  吾妻線北側の一般道にて、下り万座・鹿沢口方面を見る。
長野原草津口駅は撮影立ち位置後方になる。
長野原草津口-大前間の開業前は、道路のガードレールに沿って
右へカーブするように太子方面へ線路が敷設されていた。
1975年(昭和50年)撮影の航空写真では、この道路に沿って敷設された
太子方面への線路が確認出来る。
太子支線廃止前には、大前方面への延伸工事が行われており、
この撮影場所付近に分岐が設けられていたと思われる。
正面の橋は、八ッ場ダム建設により付け替えとなった、
群馬県道365号板倉籾谷館林線の 『長野原諏訪大橋』 で、
2017年(平成29年)3月竣功、同年624日に供用開始されている。
工事中の仮名は 『白砂川橋』。
    左の写真の先、『長野原諏訪大橋』 下付近より、長野原駅方向を見る。
太子支線は正面に延びる道路の右側に沿って、電柱右側付近を通り
撮影立ち位置後方の太子駅方面へ延びていた。
右手の橋は、白砂川を渡河する 現吾妻線の 『須川橋梁』 で、
銘板によると、設計は日本鉄道建設公団東京支社、
設計荷重は 『KS-14』 と刻まれている。
着工 昭和44年(1969年)77日、竣功 昭和45年(1970年)810日とあり
太子支線廃止前より工事が行われていたことが窺える。
写真左端にクルマが見える所が、国道292号線である。
 
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
      『橋場墓地公園』 の駐車場より、太子支線の 『白砂川橋梁』 を見る。  
       
  国道292号線にて、吾妻線の万座・鹿沢口、大前方面を見る。
左手の プレートガーダー + トラス橋が、吾妻線 『須川橋梁』。
それをオーバーパスしているのが、 群馬県道365号板倉籾谷館林線の
『長野原諏訪大橋』 である。 写真右手には 『橋場墓地公園』 があり
墓地からは太子支線の遺構である 『白砂川橋梁』 を見ることができる。
     
       
       
       
         
         
         
         
         
         
         
         
         
        『橋場墓地公園』 より、太子支線の 『白砂川橋梁』 を見る。
橋の形式は上路式プレートガーダーであるが、
途中に橋脚がないため、ずいぶん支間が長く見える。
 
         
         

  202210月 撮影    
駅名  太子(おおし)
駅構造
 盛土式島ホーム12線の地上駅。
駅舎
 構内北側に木造の地上駅舎。
駅前広場  あり。
管理形態
 無人。
きっぷ
うりば
 出札窓口 : 閉鎖。
 券売機 : なし。
改札  −
トイレ  あり。(駅舎北側に別棟)
駅内店舗
 有人店舗 : −
 自動販売機 : −
連絡通路
 なし。
乗車人員  −
管轄
 日本国有鉄道 高崎鉄道管理局。
所属路線  吾妻線。
管理
 太子駅。
発着列車  下り 渋川より到着 4本/日 (7:409:4514:0916:36
 上り 渋川行き 4本/日 (8:1510:5215:4217:29
  普通列車が停車する。(上記時刻は開業時のもの)
主な歴史

 1945年(昭和20年)12
  日本鋼管鉱業 群馬鉄山専用線・太子線の太子駅
  として開業。
  同時に 国有鉄道(運輸通信省鉄道総局)長野原線の
  渋川駅-長野原駅間開業。
 1952年(昭和27年)101
  日本鋼管専用線が日本国有鉄道に移管。
  同時に長野原駅-当駅間が貨物支線となり、
  国鉄の所属駅となる。 車扱貨物の営業開始。
 1954年(昭和29年)621
  旅客営業を開始。
  初代駅長は市城駅長(児玉武雄氏)が兼任。
 1966年(昭和41年)101
  長野原駅-当駅間の貨物運輸営業廃止。
 1967年(昭和42年)111
  無人駅化。
 1970年(昭和45年)111
  太子支線の鉄道運輸営業を休止。
 1971年(昭和46年)37
  路線名変更により、吾妻線の所属駅となる。
 1971年(昭和46年)51
  太子支線廃止により廃駅。

所在地
 群馬県吾妻郡六合村大字太子。
 (現在は吾妻郡中之条町大字太子)
 北緯363511秒、東経1383728.5
接続バス  【旧太子駅】停留所(現在)
  場所 : 駅跡の南約300mR292沿い。
  運行 : ローズクイーンバス(中之条町営)
  ・長野原草津口〜野反湖

 【太子】停留所(当時)
  場所 : 駅跡の北約450mR292沿いに現在の
       太子停留所があるが、当時と同位置かは不明。 
  運行 : 国鉄バス
  ・花敷線
駅周囲
その他

 1975年(昭和50年)撮影の航空写真には、
 太子駅北側すぐの太子の小集落、南へ1.2km程の
 六合村赤岩および日陰集落、北へ1.6km程離れた
 六合村小雨集落が見られる。
 (当時は集落ではなく部落と称していた)
 六合村(くにむら)の村役場は小雨集落にあった。
 (旧村役場は現中之条町六合支所となっている)、
 当駅は六合村の中心駅であり、奥吾妻開発の拠点
 として期待されたが、1966年(昭和41年)3月の
 群馬鉄山閉山により衰退、廃止に至っている。
 鉄鉱石輸送の最盛期には、駅前に旅館や食堂などが
 あり、賑わったとのこと。
 尚、駅があった群馬県吾妻郡六合村は、長野県や
 新潟県に境を接する山深い地域にある。

 

 

 

 
   
   
   
   
   
   
   
    リニューアルされた 旧太子駅駅舎(左)と旧トイレ(右)。
太子駅廃止後、駅跡は公園として整備されていたが、
駅の遺構が多数残っていることから、中之条町により
復元・修復が決定し、2018年(平成30年)4月より
新たな資料館(展示施設)として一般公開されている。
駅舎は現役時のものを復元して建造されており、
内部は当時の資料やアイテム、写真等が展示されている。
また、右手のトイレも現役時を模しているが、乳幼児室に変わっている。
   
   
   
   
   
   
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
  施設の名称は、『旧太子駅』。
中之条町が運営しており、一般200円、町民と中学生以下は入場無料。
アクセスは、長野原草津口駅よりバスの便があるが、14往復と
本数は少ない。 足は自動車が便利で巨大な無料駐車場がある。
   
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
  『旧太子駅』出入口より、駅舎内部を見る。
正面に出札窓口を模した入場券販売所兼改札口がある。
   
       
     
     
     
     
       
       
       
       
       
       
       
       
       
  『旧太子駅』 入場券。
硬券入場券ではないが、購入すると入鋏してくれ、なんか嬉しい。
右側に当時の乗車券が営業最終日と共にデザインされている。
長野原-川原湯間が40円とある。(現在は190円)
左側の写真は現在の 『六合ヘリポート』 付近より駅全景を
撮影したもので、構内の様子がよくわかる。
旅客用島式ホーム右側(駅舎側)が1番線、左側が2番線、
2番線と左手のホッパの間に機廻し線が見える。
入場券には、「Around 1945」とあるが、機廻し線からホッパへの
振り分け分岐器には並まくらぎが5本置かれており、
既にホッパの稼働が停止している時期の写真と思われる。
(営業最終日頃の写真か)
     
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
      入場券販売所脇に掲げられた運賃表。
小さくて見にくいが、右上に 「44.5.10」 とある。
国鉄バスの運賃も併記されており、営業末期の貴重な資料となっている。
 
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
  当時使われた、列車の「サボ」 が数点展示されている他、
博物館級の貴重な資料が多数展示されている。
     
       
         
       
       
      駅跡構内より駅舎と線路終端を見る。
右手の貨物側線2線の車止めは当時からの物である。
鉱山から当駅への鉄鉱石は、駅の北北西(草津温泉の北側)にある
『群馬鉄山』 という鉱山から、ほぼ直線的に8km程の索道(荷物用の
ロープウェイ)によって運ばれており、写真の駅舎のポーチ部分には
索道で使用された鉄製の錆びた搬器が2器展示されている。
(すみません! 搬器の写真撮影を失念しました)
当施設では、ホッパや車両ばかりが目立つため、地味で軽視
されがちな展示物であるが、大変貴重な産業遺産である。
尚、1966年(昭和41年)3月に閉山した『群馬鉄山』 は、
現在、国指定天然記念物の 『チャツボミゴケ公園』 となっている。
 
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
  構内にて、上り長野原方向を見る。(駅舎は撮影立ち位置後方)
当構内は廃駅後部分的に土砂で埋められ、遊具が置かれる公園と
なっていたが、中之条町の”町おこし”として整備され現在に至っている。
     
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
      構内南側(長野原寄り)から、線路終端方向(駅舎方向)を見る。
発掘した線路やホームは人の手が入り、ホッパも修復されているが、
その23階部分は解体され残念ながら存在しない。
 
       
       
       
       
  旧貨物側線に展示されているアント車両移動機、『ANT15-W型』。
1983年(昭和58年)3月 アント工業(株)製で、
富士重工業(現SUBARU)製ロビンエンジン
EY-212気筒618cc水平対向空冷エンジン)を搭載している。
貴重な車両であり、テント下に置かれている。
当構内で使用された物かは不明。
     
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
      ホッパ棟北端より、上り長野原方向を見る。
老朽化が進んでおり、現在内部は立入禁止となっている。
当施設(ホッパ)は、『群馬鉄山』からの鉄鉱石を貨車(ホッパ車)に
積込・出荷まで貯蔵しておく貯石槽および機械設備である。
早い話、鉄鉱石が天井の穴から貨車に降ってくる設備である。
2021年(令和3年)24日、『旧太子駅ホッパー棟』として、
国の登録有形文化財(建造物)に登録されている。
所在地は、群馬県吾妻郡中之条町大字太子字花園240-3
ホッパ棟の長さは96m
 
  復元駅名標は、当施設が出来る前の公園の時代に
設置されている。(2013年に設置とのこと)
展示の貨車等は、太子線で走っていたものではなく、大井川鉄道や
ひたちなか海浜鉄道、静岡鉄道などから譲渡された車両である。
「当時の雰囲気が少しでも出れば」との思いからとのこと。
     
       
       
       
       
       
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
  駐車場から旧太子駅へ向かう階段から、ホッパ棟を見る。        
         


 


太子支線
終点

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