北陸・東海 甲信越 |
東海旅客鉄道 飯田線(いいだせん) |
駅名 | 向市場(むかいいちば) |
駅構造
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単式ホーム1面1線の地上駅。 |
駅舎
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なし。(ホーム上に待合室あり) |
管理形態
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無人。 |
きっぷうりば
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なし。 |
駅内店舗
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なし。 |
連絡通路
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なし。 |
管轄
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東海旅客鉄道 東海鉄道事業本部。 |
管理
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中部天竜駅。 |
平均乗降人員
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30人/日(2006年度乗車人員)。 |
開業日
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1955年(昭和30年)11月11日。 国鉄飯田線、佐久間 - 大嵐間の 経路変更(佐久間ダムによる水没)に 伴い、新線上に開業。 |
所在地
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静岡県浜松市天竜区水窪町地頭方230。 |
備考
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未訪問。 |
駅名 | 水窪(みさくぼ) |
駅構造
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島式ホーム1面2線の地上駅。 |
駅舎
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木造の地上駅舎。 |
管理形態
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簡易委託。 |
きっぷうりば
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未確認。 |
駅内店舗
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未確認。 |
連絡通路
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構内踏切。 |
管轄
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東海旅客鉄道 東海鉄道事業本部。 |
管理
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中部天竜駅。 |
平均乗降人員
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134人/日(2006年度乗車人員)。 |
開業日
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1955年(昭和30年)11月11日。 国鉄飯田線、佐久間 - 大嵐間の 経路変更(佐久間ダムによる水没)に 伴い、新線上に開業。 |
所在地
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静岡県浜松市天竜区水窪町地頭方973。 |
備考
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未訪問。 |
駅名 | 大嵐(おおぞれ) |
駅構造
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島式ホーム1面2線の地上駅。 |
駅舎
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木造の地上駅舎。 |
管理形態
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無人。 |
きっぷうりば
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なし。 |
駅内店舗
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なし。 |
連絡通路
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構内踏切。 |
管轄
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東海旅客鉄道 東海鉄道事業本部。 |
管理
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中部天竜駅。 |
平均乗降人員
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29人/日(2006年度乗車人員)。 |
開業日
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1936年(昭和11年)12月29日。 |
所在地
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静岡県浜松市天竜区水窪町奥領家188。 |
備考
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未訪問。 当サイトにて、勝手に難読駅に 認定する。 |
駅名 | 小和田(こわだ) |
駅構造
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単式ホーム1面1線の地上駅。 |
駅舎
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木造の地上駅舎。 |
管理形態
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無人。 |
きっぷうりば
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なし。(閉鎖されている) |
駅内店舗
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なし。(飲料の自販機が放置されている) |
連絡通路
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なし。(構内踏切は撤去されている) |
管轄
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東海旅客鉄道 東海鉄道事業本部。 |
管理
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中部天竜駅。 |
平均乗降人員
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7人/日(2006年度乗車人員)。 |
開業日
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1936年(昭和11年)12月30日。 |
所在地
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静岡県浜松市天竜区水窪町奥領家44。 |
備考
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電車または徒歩でしかアクセスが できない横綱級の秘境駅として 有名である。 かつては相対式ホーム2面2線の 地上駅で、駅員も配置されており、 駅周囲や天竜川対岸(吊り橋があった) には集落が存在したが、 佐久間ダム建設により集落が移転、 消滅したため、駅のみが孤立した状態で 残っている。 民家は徒歩20分程の所に1軒残るのみ で、最寄りの宇連、塩沢集落へは徒歩 40〜60分の道程になっている。 (駅から民家・集落への車道はなく、 人がすれ違える程度の急な山道である) 皇太子ご成婚により、雅子妃の旧姓と 同表記の当駅訪問が恋愛成就に繋がる とのブームとなり、今でも駅各所に その名残が見られる。 |
駅名 | 中井侍(なかいさむらい) |
駅構造
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単式ホーム1面1線の地上駅。 |
駅舎
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なし。(ホームに待合所がある) |
管理形態
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無人。 |
きっぷうりば
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なし。 |
駅内店舗
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有人店舗:なし。 自動販売機:なし。 |
連絡通路
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なし。 |
管轄
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東海旅客鉄道 東海鉄道事業本部。 |
管理
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飯田駅。 |
平均乗降人員
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7人/日(2007年度乗車人員)。 9人/日(2006年度乗車人員)。 |
開業日
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1936年(昭和11年)12月30日 三信鉄道・中井侍停留場として開業。 1943年(昭和18年)8月1日 国有化と同時に中井侍駅として 常設駅化。 |
所在地
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長野県下伊那郡天龍村平岡2290。 |
備考
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傾斜地を切り通して作られた駅で、 コンクリート壁にへばり付くように 狭いホームが設置されている。 駅に隣接して2軒の民家や畑があり 秘境駅のイメージは薄い。 |