HOME駅のある風景甲信越東北米坂線越後大島駅
   
 
   
越後大島
えちごおおしま
 越後下関   米坂線   (廃)花立  
坂町
駅名  越後大島(えちごおおしま)
駅構造
 盛土式単ホーム11線の地上駅。
電化/軌間  非電化/1067mm
駅舎
 構内北側に木造?の地上駅舎。
駅前広場  ○
管理形態
 無人。
きっぷ
うりば
 出札窓口 : ×
 券売機 : ×
 乗車駅証明書発行機 : ×
 自動精算機 : ×
 ICカードチャージ (現金:×、 ビューカード:×)。
改札  行わない。
 ICカード対応 : ×
トイレ  ○(駅舎内:ホーム側)
駅内店舗
 有人店舗 : ×
 自動販売機 : ×
連絡通路
 ×
乗車人員  −
管轄
 東日本旅客鉄道 新潟支社。
所属路線  米坂線。
管理
 小国駅。
発着列車  上り 米沢方面 6本/日
 下り 坂町方面 6本/日
  快速べにばな、普通列車が停車する。
主な歴史

 1931年(昭和6年)810
  国有鉄道(鉄道省)米坂西線の坂町-越後下関間
  開業と共に越後大島駅として開業。
  一般駅。 職員配置駅。
 1972年(昭和47年)102
  貨物扱い廃止。
 1975年(昭和50年)121
  荷物扱い廃止。
  無人駅化。
 1987年(昭和62年)41
  国鉄分割民営化によりJR東日本の所属駅となる。
 2006年(平成18年)
  駅舎改築。

所在地
 新潟県岩船郡関川村大字土沢1387
  緯度・経度(10進数) : 38.0997, 139.518331
  開業時は、新潟県岩船郡関谷村大字土沢。
接続バス  【大島駅前】バス停留所
  場所 : 駅前。  国道290号沿い。
  運行 : 新潟交通観光バス
   ・関川村役場前-橋場・大島-幾地線
駅周囲
その他

 米坂線は当駅をほぼ東西に走っている。
 駅の北側約300mに国道113号線が並行しており、
 駅と国道113号線を結ぶ国道290号線沿いを中心に
 集落が形成されている。
 また駅南側も含め、集落を外れると田園地帯が
 広がっている。

 
 
 
 
 
 
20108月 撮影  

 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
越後大島駅には古い木造駅舎があったが、
2006
年(平成18年)9月に現在の駅舎に改築されている。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
待合室内はきれいに管理されているが、机が置いてあるのは何故だろう?  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム西端(坂町寄り)から、上り米沢方面を見る。  
ホーム西端(坂町寄り)から、下り坂町方面を見る。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム中程より、上り米沢方面を見る。  
ホーム中程より、下り坂町方面を見る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム東寄り(越後下関寄り)から、上り米沢方面を見る。
右手の側線は現在坂町方に分岐のある横取り線となっており、
保線車両先で車止めされている。
 
ホーム東端(越後下関寄り)から、下り坂町方面を見る。
左手に長さの短いホームが残り、ホーム上にコンクリート製の建造物跡がある。
当路線にはかつて急行列車が走っており、当駅は通過駅であった関係で、
旅客用ホームではなく、通過列車用のタブレット収受台が設置されていたと推察する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム東端(越後下関寄り)から、上り米沢方面を見る。
ホーム先の草地は旧貨物側線の路盤である。
草に埋もれて見えにくいが、左手の駐輪場前に貨物ホームが残っている。
 
 
駅東側にある 『土沢街道踏切』 より、ホームと下り坂町方面を見る。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
建植型駅名標。
開業時の地名は 『岩船郡関谷村大字土沢』 である。
1931年(昭和6年)8月に関谷村に開業した駅は当駅と越後下関駅であるため、
駅名は村名ではなく字名の 『土沢駅』 となったはずであるが、
駅の立地が 『土沢地区』 と 『大島地区』 の境界付近にあり、駅前すぐが 『大島地区』
(大字大島) であったことより、地域の希望もあって 『大島駅』 と命名されたようである。
尚、字名である岩船郡の 『土沢』、『大島』 は1889年(明治22年)4月の町村制施行に伴い
『関村』 に合併されて消滅した 『土沢村』、『大島村』 の村名が残ったものである。
また 『関村』 は、1901年(明治34年)11月に岩船郡七箇谷村、九箇谷村と合併し、
『関谷村』 となり 1954年(昭和29年)8月に更に岩船郡女川村と合併、
『関川町』 となって消滅している。
駅名に 『越後』 を冠したのは他に複数存在した 『大島駅』 との混同を避けるためであろうか。
 
駅舎ホーム側出入口。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
駅舎前より北側を見る。
メインストリートは国道
290号線である。
駐車している軽トラックの先から、遠くに見える青い道路案内板のあたりまでが
大島集落の中心である。
1948年(1948年)4月の米軍撮影の航空写真には、駅前に数軒の小集落
(土沢地区の一部)があり、田畑を挟んで400m程先の荒川沿岸付近まで
大島地区の大きな集落が写っている。
 
 
 
 
 
   
   
駅東側にある 『土沢街道踏切』 より、上り米沢方面を見る。
見事な田園風景が広がっている。
   
   
 

越後下関

廃・花立
 
HOME駅のある風景甲信越東北米坂線越後大島駅