北海道
北海道旅客鉄道 深名線(しんめいせん)
深川
FUKAGAWA
名寄
NAYORO
宇津内
うつない
未訪問
蕗ノ台
湖畔
 HOME駅のある風景全国廃線駅深名線(駅一覧) > 深名線 D
白 樺
しらかば
蕗ノ台
2011 9月撮影
湖 畔
こはん
宇津内
20119月撮影
左の写真撮影の地点から、10m程で行き止まる。
蕗ノ台駅跡である。
有人駅の頃は、この正面に木造駅舎があったのだろうか?
1995年(平成7年)94日 路線廃止
すみません! 未訪問です。
その内行ってきます。
ってか、近くまでは林道がありますが、
通れる状態にあるのかわかりません。
北海道道688号名寄遠別線の白樺駅跡入口付近に立ち、
名寄・母子里方面(東側)を見る。
写真右手に入る道が駅跡へ続いている。
雨上がりの路面にトラックのものとおぼしき轍がついており、
出入りするクルマはそこそこあると思われる。
駅名  湖畔(こはん)
駅構造
 単式ホーム11線の地上駅。
駅舎
 なし。(ホーム上に待合室があった)
管理形態
 無人。
きっぷうりば

 なし。

駅内店舗
 有人店舗 : なし。  自動販売機 : なし。
連絡通路
 なし。
管轄
 北海道旅客鉄道 旭川支社。
管理
 −
乗降人員
 −
開業日
 1956年(昭和31年)51
  日本国有鉄道の湖畔仮乗降場として
  開業。
 1987年(昭和62年)41
  JR北海道に承継と同時に湖畔駅として
  常設駅化。
廃駅日  1995年(平成7年)94
  深名線廃線により廃駅。
所在地
 北海道雨竜郡幌加内町字朱鞠内。
備考

 駅は朱鞠内湖の南西端にあり、雨竜第一
 ダムの西800m程に位置した。
 大まかな位置は、北海道道528号蕗の台
 朱鞠内停車場線から朱鞠内湖畔へ向かう
 町道との分岐点付近である。
 
代替バスの『三股停留所』がランドマーク
 となっている。
 尚、『湖畔停留所』はキャンプ場のある
 朱鞠内湖畔にあり、『三股停留所』から
 1.5km程離れたピストンコースの終点に
 ある。5/209/4の間、三股から湖畔へ
 入る『湖畔経由便』が2往復/日設定
 されている。
 (通常便は三股にて転回、国道275号線
 を経由し、朱鞠内湖の東側を通っている)
 廃駅時は桁式板張りのホームと、ホーム
 上に待合室があるのみの無人駅であった。
 廃駅の直前(19958月)で、
 下り名寄方面3本/日
 (6:589:4317:25
)、
 上り深川・朱鞠内方面3本/日
 (9:0917:0019:55)の発車があり、
 上下線の一部の列車は通過していた。
 廃駅の時点で、ホームは線路の西側に
 あった。
 現在、すべての施設が撤去され、駅跡と
 路盤跡はヤブになっており、駅跡の特定
 が難しくなっている。
 駅跡周囲に集落はないが、民家がポツポツ
 と点在している。また、旧駅前の道路を
 挟んで【笹の交流館】という【旧光顕寺・
 笹の墓標】に関すると思われる木造の建物
 が道道沿いにポツンと建っている。

ジェイ・アール北海道バス・深名線 『三股停留所』。
北海道道528号蕗の台朱鞠内停車場線沿いに設置されている。
下り名寄方面4本/日、上り幌加内方面4本/日の便がある。
(名寄方面は土日祝に運休便あり)
北海道道528号蕗の台朱鞠内停車場線より、
『三股停留所』と朱鞠内方向(南側)を見る。
朱鞠内を発車したバスは、三股(夏季は湖畔)まで来た後、
朱鞠内地区まで折り返し、国道275号線を走り名寄方面に向かっている。
『笹の交流館』前より、駅入口跡を見る。
深名線は正面のヤブの中を左右方向(南北)に走っていた。
当時の写真によると、この入口を進み、線路に突き当たった所の左側に
桁式のホームへのスロープがあり、ホーム上に待合室があった。
尚、舗装路(道道)に線路跡のような補修跡が見えるが、
鉄道とは関係ないと思われる。
深名線の踏切跡に立ち、下り名寄・蕗ノ台方面(北側)を見る
写真中央のヤブが低くなっている所が、路盤跡と思われる。

ホームは線路左側(西側)にあった。
ホームへの入口は道道側(左側を走る道沿い)にあり、
この踏切からホームへは少し距離があって、
アクセスする小径がなかったようだ。
尚、当踏切には警報機と遮断機があった。
駅名  宇津内仮乗降場
  (うつないかりじょうこうじょう)
駅構造
 晩年は単式ホーム11線の地上駅で
 あったと思われるが、詳細不明。
駅舎
 −
管理形態
 −
きっぷうりば

 −

駅内店舗
 有人店舗 : −。  自動販売機 : −。
連絡通路
 −
管轄
 日本国有鉄道 旭川管理局。
管理
 −
乗降人員
 −
開業日
 1941年(昭和16年)1010
  国有鉄道(鉄道省)深名線の宇津内駅
  として開業。
廃駅日  1949年(昭和24年)41
  雨竜ダム完成による貨物輸送減少の
  ため廃駅。
  同時に宇津内仮乗降場となる。
 1956年(昭和31年)1119日以降に廃止
  されたらしいが、廃止年月は不明。
所在地
 北海道雨竜郡幌加内町。
備考

 駅は幌加内線に名雨線を編入し、
 深川-名寄間を深名線と改称すると同時に
 北母子里駅・白樺駅・蕗ノ台駅と共に新設
 された。
 元来は雨竜ダムの建設資材と木材輸送を
 目的とした貨物中心の駅であった。
 雨竜ダム完成後はその役割を終え、
 仮乗降場として余生を送ったようであるが、
 山中であり、周囲に集落もないため、
 深名線の廃止前に廃駅となり、
 その時期は不明である。
 大まかな場所は、雨竜第一ダム(朱鞠内
 湖)と雨竜第二ダム(宇津内湖)の貯水を
 調整する連絡水路(トンネル水路)と
 深名線が交差する地点より200m程北に
 あった。
 仮乗降場時代の駅構造は不明であるが、
 駅として貨物輸送があった頃の航空写真に
 よると、駅舎と交換設備(ホーム構造は
 不明)を有したようで、資料によると有人駅
 であったとのことだ。
 駅舎は線路の西側にあり、駅前広場を
 有した。  
 現在でもGoogle地図の航空写真等にて
 駅前広場らしき平地の確認が可能である。
 列車の発着は、時期は不明であるが、
 24往復/日の発車があったようだ。

 駅跡へのアクセスについては、
 朱鞠内湖畔キャンプ場付近から
 朱鞠内湖と宇津内湖の間を走るピストン
 林道を北上する。
 林道が宇津内湖へ左に分岐する地点の
 少し先(北)から、深名線跡とクロスし、
 朱鞠内湖へ続く間道が右に別れており、
 駅跡は間道と路線跡のクロス点から北へ
 200m程の地点にあるが、クロス点から
 駅跡への道は現状の航空写真では確認
 できない。
 キャンプ場付近から北上する林道は、
 北大演習林にあり、ダムメンテナンスの
 林道としての意味合いも強いと思われ、
 現在でも通行可能と思われるが、
 一般車の通行が許可されているかは不明
 であり、林道から廃線跡までの間道も、
 道としての通行可否は不明である。
 また、航空写真では道に見えても、実際は
 ヤブ化している場合があり、実際の到達は
 難しいと思われる。
 また廃駅後、半世紀以上が経過しており
 駅の痕跡が残っていること自体、期待が
 持てない。
 尚、代替バスは、朱鞠内湖の東側を通る
 国道275号線を走っている。

蕗ノ台
ふきのだい
宇津内
駅名  蕗ノ台(ふきのだい)
駅構造
 単式ホーム11線の地上駅。
駅舎
 なし。(ホーム近くに待合室があった)
管理形態
 無人。
きっぷうりば

 なし。

駅内店舗
 有人店舗 : なし。  自動販売機 : なし。
連絡通路
 なし。
管轄
 北海道旅客鉄道 旭川支社。
管理
 −
乗降人員
 −
開業日
 1941年(昭和16年)1010
  国有鉄道(鉄道省)深名線の蕗ノ台駅
  として開業。
 1977年(昭和52年)121
  冬季間の休業開始。
 1987年(昭和62年)41
  JR北海道に承継と同時に臨時駅化。
  (毎年121日-430日の間は
   冬季休業となり、全列車が通過していた)
廃駅日  1990年(平成2年)310
  利用者僅少のため、冬季休業中のまま
  廃駅。
 (1995年(平成7年)94日 深名線廃線)
所在地
 北海道雨竜郡幌加内町字蕗之台。
備考

 駅は山間を縫うように流れるウツナイ川の
 近くにあり、朱鞠内湖の北西部に位置した。
 
大まかな場所は、北海道道528号蕗の台
 朱鞠内停車場線が北海道道688号名寄
 遠別線に突き当たる400m程手前から、
 東に分岐する林道の枝道を入った
 突き当たりにあった。
 天塩山地の最高峰であるピッシリ山の
 道道688号からの登山道入口付近に
 あたる。
 廃駅時は桁式板張りのホームと、ホーム
 から少し離れて待合室があるのみの無人
 駅であったが、かつては木造駅舎と、
 盛土式の島式ホーム12線、構内踏切を
 有し、木材輸送を中心に、貨物や荷物も
 扱う有人駅であった。
 廃駅は1990年(平成2年)3月であるが、
 列車が発着したのは198911月までで、
 下り名寄方面3本/日
 (7:119:5717:39)、
 上り深川・朱鞠内方面3本/日
 (9:0316:5219:47)の発着があり、
 冬季休業時以外はすべての普通列車が
 停車していた。
 廃駅の時点で、ホームは線路の西側に
 あった。
 現在、駅跡はある程度の平地が残って
 いるものの、ほとんどが更地になっており、
 当時の写真に対する目標物がなく、駅舎跡
 や待合室跡、ホーム跡等、場所の特定が
 できない状況である。
 また、路盤跡も消えかかっている。
 かつての蕗の台地区は、50戸前後の民家
 があったが、幌加内町立蕗之台小学校は、
 母子里小学校蕗之台分校に改称後、
 1962年(昭和37年)531日を持って閉校、
 同年7月の開拓団解散、集団離農等を経て
 現在では無人地帯となっている。
 尚、蕗の台地区には代替バスは通って
 おらず、停留所がないためランドマークは
 特にないが、大まかな目標としてウツナイ川
 に架かる宇津内橋が北方400m程にある。

北海道道688号名寄遠別線から駅跡への入口。(南側を見る)
この非舗装の道は、北海道道528号蕗の台朱鞠内停車場線である。
分岐点はピッシリ山登山口の標識が目印で、
写真左へすぐ宇津内橋があり、母子里を経て名寄に至っている。
2011 9月撮影
駅名  白樺(しらかば)
駅構造
 単式ホーム11線の地上駅。
駅舎
 なし。(ホーム近くに待合室があった)
管理形態
 無人。
きっぷうりば

 なし。

駅内店舗
 有人店舗 : なし。  自動販売機 : なし。
連絡通路
 なし。
管轄
 北海道旅客鉄道 旭川支社。
管理
 −
乗降人員
 −
開業日
 1941年(昭和16年)1010
  国有鉄道(鉄道省)深名線の白樺駅
  として開業。
 1977年(昭和52年)121
  冬季間の休業開始。
 1987年(昭和62年)41
  JR北海道に承継と同時に臨時駅化。
  (毎年121日-430日の間は
   冬季休業となり、全列車が通過していた)
廃駅日  1990年(平成2年)310
  利用者僅少のため、冬季休業中のまま
  廃駅。
 (1995年(平成7年)94日 深名線廃線)
所在地
 北海道雨竜郡幌加内町字白樺。
備考

 駅は朱鞠内湖を囲む山間にあり、
 北に山林、南に朱鞠内湖を抱える場所で、
 朱鞠内湖の北端に位置した。
 
大まかな場所は、北海道道688号名寄遠別
 線の白樺橋の東方1.1km程から南に向かう
 林道を入った突き当たりにあった。
 ランドマークが何もない無人地帯である
 ため、初めて訪問する場合は駅跡への
 道を見逃すかもしれない。
 ただ、道路地図には道道から朱鞠内湖に
 向かって、南に200m程で行き止まる細い道
 が記載されているものが多いようだ。
 廃駅時は蕗ノ台駅と同様、桁式板張りの
 ホームと、ホームから少し離れて待合室が
 あるのみの無人駅であったが、かつては
 木造駅舎と、盛土式の島式ホーム12線、
 構内踏切を有し、木材輸送を中心に、
 貨物や荷物も扱う有人駅であった。
 廃駅は1990年(平成2年)3月であるが、
 列車が発着したのは198911月までで、
 下り名寄方面3本/日
 (7:1710:0317:45)、
 上り深川・朱鞠内方面4本/日
 (8:5716:4619:41)の発着があり、
 冬季休業時以外はすべての定期列車が
 停車していた。
 廃駅の時点で、ホームは線路の北側に
 あった。
 現在、駅跡はある程度の平地が残って
 いるものの、ほとんどがヤブになっている。
 各サイトの情報では、白樺駅の立て看板と
 転轍機、ホームへの階段が残っているとの
 ことだが、看板はヤブの中に倒れている
 らしく、また、コンクリート製の階段もヤブを
 かき分けやっと発見できる程で、転轍機に
 至ってはヤブに埋もれてまったく見えない
 程ヤブ化が進んでいる。
 また、当時の写真に対する目標物がなく、
 駅舎跡や待合室跡、ホーム跡等、場所の
 特定ができない状況である。
 路盤跡は消えている。
 かつての白樺地区は、農林業・鉄道・運送
 の従事者で15戸前後の小集落となって
 いたようである。
 当地区も離農が進み、蕗の台地区同様
 1963年(昭和38年)年頃を最後に無人地帯
 となっている。
 尚、白樺地区には代替バスは通って
 おらず、停留所がないためランドマークは
 特にないが、大まかな目標として前述の
 泥川に架かる白樺橋と、北大演習林を北へ
 貫く、白樺駅前林道が西方300m程にある。

路盤跡に立ち、上り深川・湖畔方面を少し斜めに見る。
この路盤跡も、あと数年でヤブになってしまうかもしれない。
現在、路盤跡は何とかわかるが、ホームがあった場所はまったくわからない。
林道のT字路より旧駅前通りを30m進み、振り返る。
駅の廃止により、道が付け替えられた可能性があるが、
かつてはもう少し広い道で、両側には民家があったのだろうか?
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北海道道528号蕗の台朱鞠内停車場線沿いの、駅入口跡付近に立ち、
朱鞠内方面(南側)を見る。
  駅跡は左手のヤブの中だ。
写真左端の街灯の左手に線路が敷設されていた。
北海道道528号蕗の台朱鞠内停車場線に立ち、
朱鞠内方面(南側)を見る

正面のヤブが低くなっている所が駅への入口跡である。
上の写真の位置より少し進むとT字路に出る。
右手が朱鞠内・ピッシリ山登山口方面で、
本道の北海道道528号蕗の台朱鞠内停車場線である。

左が旧蕗ノ台駅の駅前通りになる。
林道のT字路より、駅跡方向を見る。
旧駅前通りは、クルマの離合が出来ない幅の道だ。
駅舎跡付近より、駅前通りを見る。
かつてはこの付近に日本通運の営業所があったらしい。
1972年に最後の居住者が蕗の台を去り、無人地帯になってからも
駅が廃止されるまでの18年間、冬季休業時期を除き
列車は駅に停車していた。
白樺
北母子里
北母子里
きたもしり
白樺
天塩弥生
2011 9月撮影
JR北海道 深名線 廃線 廃駅 : 湖畔駅宇津内仮乗降場蕗ノ台駅白樺駅北母子里駅
北海道道688号名寄遠別線の白樺駅跡入口付近に立ち、
蕗の台方面(西側)を見る。 写真左手に入る道が駅跡への道である。
完全な無人地帯であり、駅跡方向への標識・ランドマークは一切ない。
白樺ロータリーより、南に小径を50m程入ると、
当時の駅前広場と思われる場所に出る。
ぐるりと一周見てまわるが、かつて駅があった痕跡はまったくない。
また、ホームへ降りるコンクリート製の階段が残っているとの
ことだが、まったく見あたらない。 本当に駅前広場か?
北海道道688号名寄遠別線の白樺駅跡入口付近に立ち、
南へ延びる駅跡へのメインストリートを見る。
道道688号線より、10m程で白樺ロータリーに出る。
このロータリーに面して駅があったように思えるが、
実際の駅跡は、ロータリー左端前方の道を50m程入った先である。
当時の航空写真によると、このロータリーの右手に、かなりの大きさの
広場があったようだ。 現在広場は残土置き場になっている。
思い切って上の写真正面のヤブを掻き分け、踏み行ってみる。
小さな広場が現れた。
どうもこここが簡易ホームの臨時駅時代の駅前広場で、
有人駅時代には木造駅舎が建っていた場所のようだ。
駅名  北母子里(きたもしり)
駅構造
 島式ホーム11線の地上駅。
駅舎
 木造の地上駅舎。
管理形態
 無人。
きっぷうりば

 閉鎖。

駅内店舗
 有人店舗 : −。  自動販売機 : −。
連絡通路
 なし。
管轄
 北海道旅客鉄道 旭川支社。
管理
 −
乗降人員
 −
開業日
 1941年(昭和16年)1010
  国有鉄道(鉄道省)深名線の北母子里駅
  として開業。
廃駅日  1995年(平成7年)94
  深名線廃線により廃駅。
所在地
 北海道雨竜郡幌加内町字母子里。
備考

 駅は周囲を山地に囲まれた盆地のような
 地形の中にあり、朱鞠内湖の北東端に
 位置した。
 おおまかな場所は、母子里地区を南北に
 走る国道275号線と、東西に走る北海道道
 688号名寄遠別線の交差点(母子里交差
 点?)から、100m程南側の町道を西へ
 入った突き当たりになる。
 廃駅時は、木造駅舎と盛土式島式ホーム
 11線(片側1線は撤去)の無人駅であった
 が、かつては交換設備と構内踏切、
 転車台、複数の側線を有し、貨物・荷物も
 扱う有人駅であった。
 廃駅の直前(19958月)で、
 下り名寄方面5本/日
 (7:2310:0812:3715:0217:50)、
 上り深川・朱鞠内方面4本/日
 (8:4713:5516:3819:33)の発車があり、
 すべての定期列車が停車していた。
 駅舎は線路の東側にあり、駅前広場を
 有した。  
 現在、駅舎跡は携帯電話のアンテナ基地
 局となっている。
 また、ホームが残っているとのことだが、
 ヤブ化が進み、近寄りがたい状態になって
 いる。
 かつては大きな集落が形成され、
 幌加内町立母子里小中学校や母子里
 郵便局があったが、母子里小学校は、
 1993年(平成5年)331日閉校。
 (中学校の閉校時期は不明)、
 母子里
郵便局は1977年(昭和52年)71
 をもって簡易郵便局に変更になっている。
 代替バスの母子里停留所は、北海道道
 688号名寄遠別線の母子里交差点東側
 すぐにあり、駅跡へのランドマークとなって
 いる。

旧駅前通りより、北母子里駅跡を見る。
かつて木造駅舎があった場所には、
携帯電話のアンテナ基地局が建てられている。
旧駅前より、左手の名寄・天塩弥生方面(南側)を見る。
旧貨物積卸場や木材のストックヤードがあったが、すべてヤブである。
旧駅前より、右手の深川・白樺方面(北側)を見る。
旧駅前もヤブ化が始まっている。
旧駅舎前より、東側の駅前通りを見る。
ジェイ・アール北海道バス・深名線 『母子里停留所』から名寄方面を見る。
北海道道688号名寄遠別線の母子里交差点東側に設置されている。
下り名寄方面4本/日、上り幌加内方面4本/日の便がある。
旧駅北側から旧構内を見る。
旧ホームが残っているとのことだが、このヤブでは・・・
駅前通りに立ち、東側を見る。  この先は国道275号線に突き当たる。
橋の先、赤いサイレン塔の向こう左側には、
白壁の『母子里簡易郵便局』が見える。
朱鞠内
朱鞠内 行
For  SYUMARINAI
朱鞠内湖畔側から西側を向き、深名線の踏切跡付近を見る。
正面の「止まれ」の標識がある所を北海道道528
蕗の台朱鞠内停車場線が左右(南北)に走っている。
鉄道が通っていた痕跡はほとんど無い。  写真右手が駅跡になる。
道道沿いに建っている赤い屋根の建物は 『笹の交流館』 で、
交流館から道道を挟んだ対面に駅への入口があった。
北海道道528号蕗の台朱鞠内停車場線に立ち、駅跡全景を見る。
右(東)へ朱鞠内湖畔への道が分かれており、
駅はその道の向こう側のヤブの中にあった。
深名線は『朱鞠内湖』の黄色い看板の右側を道道に並行して走っていた。
(臨・廃)
(仮・廃)
地面には木造駅舎の基礎と思われるコンクリートが
部分的に残っている。
駅前広場と思われる場所より、白樺ロータリーに続く駅前通りを見る。
駅があった当時は、この駅前通り右側に数軒の民家があったようだ。
木材等の貨物輸送もあり、かつてはもっと広い道だったと思われるが、
現在ではクルマがやっと1台通れる程の道幅である。
路盤跡に立ち、下り名寄・白樺方面を見る。
左手が旧駅舎方向である。
路盤跡付近には建造物があった痕跡があるが、
何の跡かはわからない。
駅前広場と思われる平地の右手には写真のような場所も。
何の跡であろうか?
当駅についても資料やデータは少ない。
木造駅舎跡より、東側を見る。
こちら側には簡易ホームの臨時駅時代にプレハブの待合室が
あった方向であるが、痕跡があるはずもなく、完全なヤブである。
写真ではわかりにくいが、熊笹の中にホームへ降りる階段が残っていた。
ヤブが深く、肉眼でも二段目くらいまでしか確認が出来ない。
もうあと数年で完全にヤブに消えてしまうものと思われる。
当時の写真によると、この階段の下(ヤブのあたり)に構内踏切があり、
その先に島式ホームが写真右手(西側)に延びていたようだ。
木造駅舎跡より、駅前広場方向(北側)を見る。
先が見えないほど背の高いヤブが行く手を遮っている。
帰りは再度このヤブに踏み入らねばならない。 ^^;
ホームへの階段上より、上り深川・蕗ノ台方面を見る。
写真左側のヤブが低いところが路盤跡である。
路盤跡を含め、周囲はかなり自然回帰が進んでいる。
有人駅だった頃は開拓地であり、蕗の台地区に比べると白樺地区は
かなり小さな集落で、現在は鉄道マニアが時折分け入る程度の
無人地帯であるため、このような状態はしかたがないことであろう。
ホームへの階段上より、下り名寄・北母子里方面を見る。
階段のある斜面には熊笹が生い茂り、路盤は深いヤブに覆われている。
このヤブの中に本当に転轍機が残っているのだろうか?
北海道道688号名寄遠別線の白樺駅跡入口近くにある『白樺駅前林道』。
道道から北大演習林を北に向かっている。
駅跡入口は目立たずわかりにくいが、こちらはわかりやすいので
良いランドマークになる。 ここから道道を西へ
300m程で駅跡入口である。