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| 2023年8月 撮影 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 赤倉温泉駅
駅舎。 駅舎右端の白壁部分がトイレになっている。 |
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| 駅舎を別角度から。 駅は大正時代の開業であるが、駅舎は当時の建築物には見えず、改築されているようだ。 左右非対称の不自然な造りは、駅舎左側(北側)が減築されたように見える。 |
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| 駅舎内の様子
@。 左手が駅出入口、右手がホーム方向である。 ホーム出入口(旧改札口)との位置関係より、 有人駅時代は正面に出札窓口や駅務室があったと思われる。 |
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| 駅舎を正面に向かって左側(北側)から見る。 初代駅舎のものかは不明であるが、手前部分に建物の基礎が残っている。 かつての当駅は急行列車の停車駅で、交換設備があった時代はCTC化以前で 信号要員も必要であったことより、出札窓口や駅務室がなかったとは考えにくい。 やはり駅舎は、駅員無配置となった 1983年(昭和58年)3月以降に 減築されたと考えるのが妥当であろう。 手元に資料がなく詳細は不明。 |
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| 駅舎内の様子
A。 大きな小上がりが設けられている。 床は板張りである。 未確認であるが、2008年(平成20年)の駅舎リニューアル時に作られたとの情報もある。 右手が駅出入口、左手がホーム方向である。 |
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| 駅舎前より、ホームを見る。 かつての島式ホームと交換設備があった痕跡が明確に残っている。 ホーム左側は下り本線跡で、進入防止用の鉄柵が設置されている。 手前のコンクリート通路は構内踏切跡である。 |
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| ホーム側から駅舎を見る。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ホーム南端付近(堺田寄り)から、上り鳴子温泉・小牛田方面を見る。 現在の配線は旧上り本線に棒線化されているが、交換設備があった当時は ホーム先の本線から下り本線が右へ分岐する一線スルー方式だったようだ。 |
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| ホーム南端付近(堺田寄り)の上屋下から、下り新庄方面を見る。 | ![]() |
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| ホーム中程より、上り鳴子温泉・小牛田方面を見る。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ホーム中程より、下り新庄方面を見る。 | ![]() |
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| ホーム北端(立小路寄り)から、上り鳴子温泉・小牛田方面を見る。 線路左手には森林(山地)が迫っており、民家はない。 |
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| ホーム北端(立小路寄り)から、下り新庄方面を見る。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 建植式駅名標。 小国川にかかる 『赤倉橋』 から見た 『赤倉温泉』 がプリントされている。 初代駅名の 『富沢』 は開業時の地名の ”東小国村大字富沢” より命名されている。 1889年(明治22年)4月の町村制施行以前の当地は ”富沢(とみざわ)村” であった。 その後 駅名は、『羽前赤倉』、『赤倉温泉』 と変わっていくが、 変更理由はどちらも地元の請願説が有力である。 |
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| ホーム脇にて、下り新庄方面を見る。 かつての下り本線の路盤跡は藪化が進んでいる。 |
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| 駅前にて北側を見る。 駅は右手。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 駅前にて南側を見る。 駅は左手。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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