HOME駅があった風景江差線神明駅
   
 
   
神 明
しんめい
 ← 吉堀   江差線   湯ノ岱
駅名  神明(しんめい) : 廃駅
駅構造
 桁式単ホーム11線の地上駅。
電化/軌間  江差線 : 非電化/1067mm
駅舎
 ×(ホーム上に木造の待合室がある)
駅前広場  ×
管理形態
 無人。
きっぷ
うりば
 出札窓口 : ×
 券売機 : ×
 乗車駅証明書発行機 : ×
 乗り越し精算機 : ×
 ICカードチャージ (現金:×、 ビューカード:×)。
改札  行わない。(運賃は車内精算)
 ICカード対応 : ×
トイレ  ×
駅内店舗
 有人店舗 : ×
 自動販売機 : ×
 コインロッカー : ×
連絡通路
 ×
平均
乗車人員
 0人/日(2013年度)
 0人/日(2012年度)
管轄
 北海道旅客鉄道 函館支社。
所属路線  江差線。
管理
 江差駅。
発着列車  上り 江差行き 6本/日
 下り 木古内、函館方面 6本/日
  普通列車が停車する。
  1975年(昭和50年)3月の時刻表によると、22:08江差発
  木古内行き普通列車(終列車)のみ当駅通過となっている。
主な歴史

 1957年(昭和32年)125
  国有鉄道(国鉄)江差線の神明駅として開業。
  旅客駅。 無人駅。
 1987年(昭和62年)41
  国鉄分割民営化により、JR北海道へ継承。
 1988年(昭和63年)2
  木古内-湯ノ岱間の特殊自動閉塞化・CTC化により、
  湯ノ岱-江差間がスタフ閉塞化。
 1990年(平成2年)91
  木古内-江差間でワンマン運転を開始。
 2014年(平成26年)512
  江差線の木古内- 江差間の区間廃止に伴い廃駅。

所在地
 北海道檜山郡上ノ国町字神明。
  緯度・経度(10進数) : 41.734342, 140.265822
 開業時は北海道檜山郡上ノ国町字湯ノ岱神明とあったが、
 間違いか?
接続バス  【神明】バス停留所 (2008年訪問時)
  場所 : 駅の東約400m。 道道5号沿い。
   運行 : 函館バス
   ・江差木古内線
    ・江差小砂子(えさしちいさご)線。
駅周囲
その他

 駅は山間部に位置し、駅周囲には数軒の民家があるが、
 まとまった集落はなく、20軒程度の民家が点在している。
 近年の利用客数は公表されていないが、江差線内では
 宮越駅と並び、最も乗降者が少ないようで、この駅を
 《秘境駅》 と定義する鉄道ファンも少なくない。
 木造の待合室は小ぎれいに清掃されている。
 佇まいは古いが、よく管理された気持ちの良い駅である。
 待合室内には駅ノートが置かれている。 (2008年訪問時)

 
 
 
 
 
 
20088月 撮影  

 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
神明駅 全景。
奥に見える木造の建物は地表から建てられているが、
道路に接する出入口はなく、ホーム側に出入口のある待合室である。

尚、正面に延びる非舗装路は80m程先の民家にて行き止まっている。
上り江差方面を見る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム脇の非舗装路から駅出入口方向(上り木古内・函館方面)を見る。
ホームの桁やフェンス柱には古レールが使用されている。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム南端(吉堀寄り)に接する第一種踏切の 『御料道路踏切』
(神明駅構内踏切扱い)より、ホーム全景と、上り江差方面を見る。
板張りの桁式ホームに堅固なコンクリート製の階段という組合せが印象的である。
ホームの立地の関係からか、踏切内(遮断機の内側)に出入口階段が設けられている。
ホーム出入口は踏切側1ヶ所のみである。
また 『御料道路踏切』 であるが、踏切が設置されている道路は 『神明ノ沢線』 という
町道で、駅開業以前は荷車が通れるほどの非舗装の作業道であったようだが、
入植者の増加と営農の拡大に伴い、行政により「開拓道路」として整備されている。
踏切名の 『御料道路』 については、地名説や近隣の御料林との関係有無説、
かつて存在した道路名説などがあり、はっきりしない。
 
 
 
ホーム北端(湯ノ岱寄り)から、下り木古内・函館方面を見る。
ホームは板張りである。
 
 
   
 
 
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
  建植型駅名標。
ローマ字表記は ”Shinmei” ではなく、ヘボン式で ”Shimmei” となっている。
駅名は開業時の地名である 『檜山郡上ノ国村字神明』 より字名が採用されている。
『神明』 は、戦後の入植で開拓された地域で、開拓前は人が住んでおらず
『神明ノ沢』 と呼ばれる沢があるのみで、沢の名前が地名になったとのこと。
『神明ノ沢』 の命名由来ははっきりしないが、山神様など周囲の山が地域の信仰の
対象であり、そこを流れる沢からという可能性も考えられる。
 
   
   
   
   
   
     

 
     
神明駅 跡
20256月 撮影  
     
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
神明駅 駅跡。
神明駅の構内扱いであった 『御料道路踏切』 跡から駅跡と上り江差方面を見る。
駅があった痕跡は殆ど残っていないが、フェンスとなっている単管パイプの支柱下に
踏切の縁石が残されている。(こんなもの誰が気が付くんだ?)
正面の非舗装路左手に民家があったと記憶するが、更地になっている。
かつて待合室が建てられていた付近より、下り木古内・函館方面を見る。
左手の藪になっている部分が線路跡である。
 
 
   
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
かつてのホーム出入口階段脇付近より、『御料道路踏切』 跡と
下り木古内・函館方面を見る。
線路跡にはバラストが残されている。
 
 
かつてのホーム北端付近(湯ノ岱寄り)から、上り江差方面を見る。  
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
町道 『神明ノ沢線』 にて、『御料道路踏切』 跡を見る。(西側を見る)
江差線の木古内-江差間の廃止により 『神明バス停』 は、
道道5号線沿いから旧駅前へ移設されている。
路線バスは道道5号より 『神明ノ沢線』 に入り、当停留所先に見える
転回場でUターンしていくようになった。
尚、神明集落の中心部は、この先900m程にある集会所の 『神明会館』 であるが
過疎化が進み現在同地区にはほとんど定住者がいない状態となっている。
かつては 『神明会館』 の西250m程に 『神明小中学校』 があったが、
児童数減少により 1977年(昭和52年)3月末を持って閉校している。
児童数のピークは神明駅が開業した頃の 1950年代後半〜1960年代前半で
開拓者の入植により 1959年(昭和34年)に73人の児童が在籍したが
山間開拓による限界から離農が進み、1960年代後半〜1970年代にかけて
急速に児童数が減少し廃校に至っている。
神明駅跡は道路左手。
 
町道 『神明ノ沢線』 にて、『御料道路踏切』 跡を見る。(東側を見る)
この先直進400m程で北海道道5号江差木古内線に突き当たる。
神明駅跡は道路右手。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
神明駅跡に設置された、函館バス 『江差木古内線』 の 『神明』 停留所。    
   
   
 

吉堀

湯ノ岱
 
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