| HOME > 駅があった風景 > 江差線 > 神明駅 | |
|
|
|
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2008年8月 撮影 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 神明駅
全景。 奥に見える木造の建物は地表から建てられているが、 道路に接する出入口はなく、ホーム側に出入口のある待合室である。 尚、正面に延びる非舗装路は80m程先の民家にて行き止まっている。 上り江差方面を見る。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ホーム脇の非舗装路から駅出入口方向(上り木古内・函館方面)を見る。 ホームの桁やフェンス柱には古レールが使用されている。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ホーム南端(吉堀寄り)に接する第一種踏切の
『御料道路踏切』 (神明駅構内踏切扱い)より、ホーム全景と、上り江差方面を見る。 板張りの桁式ホームに堅固なコンクリート製の階段という組合せが印象的である。 ホームの立地の関係からか、踏切内(遮断機の内側)に出入口階段が設けられている。 ホーム出入口は踏切側1ヶ所のみである。 また 『御料道路踏切』 であるが、踏切が設置されている道路は 『神明ノ沢線』 という 町道で、駅開業以前は荷車が通れるほどの非舗装の作業道であったようだが、 入植者の増加と営農の拡大に伴い、行政により「開拓道路」として整備されている。 踏切名の 『御料道路』 については、地名説や近隣の御料林との関係有無説、 かつて存在した道路名説などがあり、はっきりしない。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ホーム北端(湯ノ岱寄り)から、下り木古内・函館方面を見る。 ホームは板張りである。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 建植型駅名標。
ローマ字表記は ”Shinmei” ではなく、ヘボン式で ”Shimmei” となっている。 駅名は開業時の地名である 『檜山郡上ノ国村字神明』 より字名が採用されている。 『神明』 は、戦後の入植で開拓された地域で、開拓前は人が住んでおらず 『神明ノ沢』 と呼ばれる沢があるのみで、沢の名前が地名になったとのこと。 『神明ノ沢』 の命名由来ははっきりしないが、山神様など周囲の山が地域の信仰の 対象であり、そこを流れる沢からという可能性も考えられる。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
2025年6月 撮影 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 神明駅
駅跡。 神明駅の構内扱いであった 『御料道路踏切』 跡から駅跡と上り江差方面を見る。 駅があった痕跡は殆ど残っていないが、フェンスとなっている単管パイプの支柱下に 踏切の縁石が残されている。(こんなもの誰が気が付くんだ?) 正面の非舗装路左手に民家があったと記憶するが、更地になっている。 |
かつて待合室が建てられていた付近より、下り木古内・函館方面を見る。 左手の藪になっている部分が線路跡である。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| かつてのホーム出入口階段脇付近より、『御料道路踏切』
跡と 下り木古内・函館方面を見る。 線路跡にはバラストが残されている。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| かつてのホーム北端付近(湯ノ岱寄り)から、上り江差方面を見る。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 町道
『神明ノ沢線』 にて、『御料道路踏切』 跡を見る。(西側を見る) 江差線の木古内-江差間の廃止により 『神明バス停』 は、 道道5号線沿いから旧駅前へ移設されている。 路線バスは道道5号より 『神明ノ沢線』 に入り、当停留所先に見える 転回場でUターンしていくようになった。 尚、神明集落の中心部は、この先900m程にある集会所の 『神明会館』 であるが 過疎化が進み現在同地区にはほとんど定住者がいない状態となっている。 かつては 『神明会館』 の西250m程に 『神明小中学校』 があったが、 児童数減少により 1977年(昭和52年)3月末を持って閉校している。 児童数のピークは神明駅が開業した頃の 1950年代後半〜1960年代前半で 開拓者の入植により 1959年(昭和34年)に73人の児童が在籍したが 山間開拓による限界から離農が進み、1960年代後半〜1970年代にかけて 急速に児童数が減少し廃校に至っている。 神明駅跡は道路左手。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
町道 『神明ノ沢線』 にて、『御料道路踏切』 跡を見る。(東側を見る) この先直進400m程で北海道道5号江差木古内線に突き当たる。 神明駅跡は道路右手。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 神明駅跡に設置された、函館バス 『江差木古内線』 の 『神明』 停留所。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
||||||
| HOME
> 駅があった風景 > 江差線
> 神明駅 |
|||||||