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| 2008年8月 撮影 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 吉堀駅
出入口。 背後の道道5号線からは、草むらの中の小径を通って行く。 駅手前にはフェンスが設けられている。 この位置からはホーム出入口であるスロープと、貨車改造の待合室が見える。 1976年(昭和51年)10月撮影の航空写真を見ると、このフェンス出入口付近に駅舎があり、 駅舎前からホームのスロープ部分にかけて構内踏切らしきものが写っている。 |
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| ホーム西端(神明寄り)にあったかつての構内踏切付近より、 ホーム出入口と貨車待合室を見る。 元々は1面2線の駅構造であったが、1982年(昭和57年)11月の無人駅化と同時に 駅舎側の木古内方面の線路が撤去され、路盤には貨車を改造した待合室が置かれた。 |
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| 線路脇から貨車待合室を見る。 貨車は、ヨ3500形車掌車を改造したものである。 |
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| ホーム東端(渡島鶴岡寄り)から、上り江差方面を見る。 島式ホームの幅は割と狭く、 またホーム右側の路盤には、錆びた線路が残されている。 江差方面へ向かう列車は、次駅の神明との間にある稲穂トンネル(全長1,293.3m)に 向け、最大25‰の上り勾配に挑んでいた。 |
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| ホーム西端(神明寄り)にあったかつての構内踏切脇より、下り木古内・函館方面を見る。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 建植型駅名標。
当駅は 『上磯郡木古内村字大川』 に開業したが、『大川』 は山林を含むかなりの 広範囲の行政字名であり、駅名として採用されなかった。 駅開業時の1935年(昭和10年)には、神奈川県の鶴見線に 『大川駅』 (1926年開業)が既に存在していたためとの説もある。 駅名は地域の生活圏の名称である 『吉堀地区』 から地区名が採用されている。 『吉堀』 の由来は諸説あり、駅付近を流れる木古内川にサケが多く遡上し、 産卵時に掘る「ホリ」と呼ばれる穴から、「よいホリ」⇒「よしぼり」となった説、 木古内川の流域は周囲が山に囲まれた谷状の場所で、その地形が「堀」のようであり、 そこに葦(ヨシ)が茂っていたことから「吉堀(葦堀)」と呼ばれた説など明確でないが、 どれも木古内川に由来している。 周辺の 『鶴岡地区』 や 『神明地区』 と同様、当地も 明治維新後の戊辰戦争に敗れた 旧庄内藩の士族たちが集団移住し開拓が始まった土地である。 |
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| ホーム東端(渡島鶴岡寄り)から、下り木古内・函館方面を見る。 本線とは分離されているが、かつての駅舎側へ分岐する線路が残されている。 |
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2025年6月 撮影 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 吉堀駅
駅跡。 草地が多くあった駅前広場に砂利の部分が増えているものの、 遠目に見ると、現役の駅のような雰囲気である。 |
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| 貨車待合室や、駅のシンボルであった大きな針葉樹 (樹種不明、トドマツであろうか?)がそのまま残されている。 |
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| かつてあったフェンスは取り払われているが、 駅(ホーム)への小径は藪となりながらも残されている。 |
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| かつての駅(ホーム)への小径から、貨車待合室を見る。 藪化が進んでおり、ホームの有無や通路なども確認できない状態である。 |
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| 旧構内からホーム方向を見る。 かつてあった木製の電柱などは撤去されているが、 盛土式のホームがそのまま残されている模様。 |
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| 旧構内から貨車待合室方向を見る。 貨車の壁面にあった 『吉堀駅』 と書かれた屋外用駅名標は取り外されている。 隣駅であった渡島鶴岡は、旧駅舎やホームがトロッコ駅として 観光利用されているが、廃線となった木古内-江差間にて、 駅舎(待合室)やホームが撤去されていないのは当駅のみである。 |
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| 構内西側にある
『吉堀駅開業記念樹』。 樹種不明である(ハルニレ?イチイ?) |
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| かつての駅出入口付近より旧駅前広場を見る。 旧駅前広場は、北海道道5号江差木古内線に面している。 |
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| 『吉堀駅開業記念樹』
石碑。 ”昭和10年 植樹者 吉田東三郎氏” とある。 |
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| 北海道道5号江差木古内線にて、木古内方面を見る。 駅跡は右手。 |
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| 北海道道5号江差木古内線にて、江差方面を見る。 左手の旧駅前広場出入口に、函館バスの 『吉堀停留所』 が置かれている。 このバス停は江差線廃止により移設されたものではなく、旧来よりあるバス停である。 |
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| 吉堀駅にあった建植型駅名標の看板部分。 木古内町郷土資料館 『いかりん館』 に保存・展示されている。 |
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| 函館バス
『吉堀』 停留所。 当停留所に発着するバスは6本/日で、631、632、634系統 全て木古内駅前行きである。 道道対面には江差方面の停留所が別途設置されており、行き先は系統別に 江差病院前行き、江差バスターミナル行き、江差高校前行きに別れている。 |
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| 吉堀駅の貨車待合室に掲げられていた屋外用駅名標。 渡島鶴岡駅の待合室に掲げられていた屋外用駅名標と共に 木古内町郷土資料館 『いかりん館』 に保存・展示されている。 |
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