HOME駅があった風景江差線吉堀駅
   
 
   
吉 堀
よしぼり
 ← 渡島鶴岡   江差線   神明
駅名  吉堀(よしぼり) : 廃駅
駅構造
 盛土式島ホーム11線の地上駅。
 (島ホーム待合室側のレールは撤去され、11線構造に
  なっている。)
電化/軌間  江差線 : 非電化/1067mm
駅舎
 ×(ホームに貨車改造の待合室がある)
駅前広場  ○
管理形態
 無人。
きっぷ
うりば
 出札窓口 : ×
 券売機 : ×
 乗車駅証明書発行機 : ×
 乗り越し精算機 : ×
 ICカードチャージ (現金:×、 ビューカード:×)。
改札  行わない。(運賃は車内精算)
 ICカード対応 : ×
トイレ  ×
駅内店舗
 有人店舗 : ×
 自動販売機 : ×
 コインロッカー : ×
連絡通路
 ×
平均
乗車人員
 0人/日(2013年度)
 0人/日(2012年度)
管轄
 北海道旅客鉄道 函館支社。
所属路線  江差線。
管理
 江差駅。
発着列車  上り 江差行き 6本/日
 下り 木古内、函館方面 6本/日
  普通列車が停車する。
主な歴史

 1935年(昭和10年)1210
  国有鉄道(鉄道省)上磯線の木古内駅 - 湯ノ岱駅間
  開通に伴い吉堀駅として開業。
  一般駅。 職員配置駅。
 1936年(昭和11年)1110
  上磯線の当駅 - 江差駅間開通に伴い、上磯線が
  江差線に改称。
 1949年(昭和24年)61
  日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)に継承。
 1974年(昭和49年)101
  貨物取扱い廃止。
 1982年(昭和57年)1115
  荷物取扱い廃止。
  交換設備廃止。
  無人駅化。
 1986年(昭和61年)1223
  木造駅舎を取り壊し、貨車改造の待合室を設置。
 1987年(昭和62年)41
  国鉄分割民営化により、JR北海道へ継承。
 1988年(昭和63年)2
  木古内-湯ノ岱間の特殊自動閉塞化・CTC化により、
  湯ノ岱-江差間がスタフ閉塞化。
 1990年(平成2年)91
  木古内-江差間でワンマン運転を開始。
 2014年(平成26年)512
  江差線の木古内- 江差間の区間廃止に伴い廃駅。

所在地
 北海道上磯郡木古内町字大川17
  緯度・経度(10進数) : 41.684125, 140.379128
 開業時は北海道
上磯郡木古内村字大川。
接続バス  【吉堀】バス停留所 (2008年訪問時)
  場所 : 駅の東約70m。 道道5号沿い。
   運行 : 函館バス
   ・631632系統 江差木古内線
駅周囲
その他

 駅のそばを道道5号江差木古内線が通っており、
 そこから駅に向かって草むらの中を小径が通じている。
 駅周辺に住宅は少なく、また交通量も少ない。
 (2008年訪問時)

 
 
 
 
 
 
20088月 撮影  

 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
吉堀駅 出入口。
背後の道道5号線からは、草むらの中の小径を通って行く。
駅手前にはフェンスが設けられている。
この位置からはホーム出入口であるスロープと、貨車改造の待合室が見える。
1976年(昭和51年)10月撮影の航空写真を見ると、このフェンス出入口付近に駅舎があり、
駅舎前からホームのスロープ部分にかけて構内踏切らしきものが写っている。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム西端(神明寄り)にあったかつての構内踏切付近より、
ホーム出入口と貨車待合室を見る。
元々は12線の駅構造であったが、1982年(昭和57年)11月の無人駅化と同時に
駅舎側の木古内方面の線路が撤去され、路盤には貨車を改造した待合室が置かれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
線路脇から貨車待合室を見る。
貨車は、ヨ3500形車掌車を改造したものである。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
ホーム東端(渡島鶴岡寄り)から、上り江差方面を見る。
島式ホームの幅は割と狭く、
またホーム右側の路盤には、錆びた線路が残されている。
 江差方面へ向かう列車は、次駅の神明との間にある稲穂トンネル(全長1,293.3m)に
向け、最大25‰の上り勾配に挑んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム西端(神明寄り)にあったかつての構内踏切脇より、下り木古内・函館方面を見る。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
建植型駅名標。
当駅は 『上磯郡木古内村字大川』 に開業したが、『大川』 は山林を含むかなりの
広範囲の行政字名であり、駅名として採用されなかった。
駅開業時の1935年(昭和10年)には、神奈川県の鶴見線に 『大川駅』
1926年開業)が既に存在していたためとの説もある。
駅名は地域の生活圏の名称である 『吉堀地区』 から地区名が採用されている。
『吉堀』 の由来は諸説あり、駅付近を流れる木古内川にサケが多く遡上し、
産卵時に掘る「ホリ」と呼ばれる穴から、「よいホリ」⇒「よしぼり」となった説、
木古内川の流域は周囲が山に囲まれた谷状の場所で、その地形が「堀」のようであり、
そこに葦(ヨシ)が茂っていたことから「吉堀(葦堀)」と呼ばれた説など明確でないが、
どれも木古内川に由来している。
周辺の 『鶴岡地区』 や 『神明地区』 と同様、当地も 明治維新後の戊辰戦争に敗れた
旧庄内藩の士族たちが集団移住し開拓が始まった土地である。
 
 
 
 
 
 
 
ホーム東端(渡島鶴岡寄り)から、下り木古内・函館方面を見る。
本線とは分離されているが、かつての駅舎側へ分岐する線路が残されている。
 
   
     

 
     
吉堀駅 跡
20256月 撮影  
     
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
吉堀駅 駅跡。
草地が多くあった駅前広場に砂利の部分が増えているものの、
遠目に見ると、現役の駅のような雰囲気である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
貨車待合室や、駅のシンボルであった大きな針葉樹
(樹種不明、トドマツであろうか?)がそのまま残されている。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
かつてあったフェンスは取り払われているが、
駅(ホーム)への小径は藪となりながらも残されている。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
かつての駅(ホーム)への小径から、貨車待合室を見る。
藪化が進んでおり、ホームの有無や通路なども確認できない状態である。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
旧構内からホーム方向を見る。
かつてあった木製の電柱などは撤去されているが、
盛土式のホームがそのまま残されている模様。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
旧構内から貨車待合室方向を見る。
貨車の壁面にあった 『吉堀駅』 と書かれた屋外用駅名標は取り外されている。
隣駅であった渡島鶴岡は、旧駅舎やホームがトロッコ駅として
観光利用されているが、廃線となった木古内-江差間にて、
駅舎(待合室)やホームが撤去されていないのは当駅のみである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
構内西側にある 『吉堀駅開業記念樹』。
樹種不明である(ハルニレ?イチイ?)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
かつての駅出入口付近より旧駅前広場を見る。
旧駅前広場は、北海道道5号江差木古内線に面している。
 
『吉堀駅開業記念樹』 石碑。
”昭和10年 植樹者 吉田東三郎氏” とある。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
北海道道5号江差木古内線にて、木古内方面を見る。
駅跡は右手。
 
北海道道5号江差木古内線にて、江差方面を見る。
左手の旧駅前広場出入口に、函館バスの 『吉堀停留所』 が置かれている。
このバス停は江差線廃止により移設されたものではなく、旧来よりあるバス停である。
 
 
 
 

 
   
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
吉堀駅にあった建植型駅名標の看板部分。
木古内町郷土資料館 『いかりん館』 に保存・展示されている。
 
 
   
函館バス 『吉堀』 停留所。
当停留所に発着するバスは6本/日で、631632634系統 全て木古内駅前行きである。
道道対面には江差方面の停留所が別途設置されており、行き先は系統別に
江差病院前行き、江差バスターミナル行き、江差高校前行きに別れている。
 
 
 
 
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
  吉堀駅の貨車待合室に掲げられていた屋外用駅名標。
渡島鶴岡駅の待合室に掲げられていた屋外用駅名標と共に
木古内町郷土資料館 『いかりん館』 に保存・展示されている。
 
   
   
     
 

渡島鶴岡

神明
 
HOME駅があった風景江差線吉堀駅