HOME駅のある風景甲信越東北米坂線手ノ子駅
   
 
   
手ノ子
てのこ
 羽前椿   米坂線   羽前沼沢
駅名  手ノ子(てのこ)
駅構造
 盛土式単ホーム11線の地上駅。
電化/軌間  非電化/1067mm
駅舎
 構内東側に木造の地上駅舎。
駅前広場  ○
管理形態
 無人。
きっぷ
うりば
 出札窓口 : ×
 券売機 : ×
 乗車駅証明書発行機 : ×
 自動精算機 : ×
 ICカードチャージ (現金:×、 ビューカード:×)。
改札  行わない。
 ICカード対応 : ×
トイレ  ○ (駅舎内)
駅内店舗
 有人店舗 : ×
 自動販売機 : ×
連絡通路
 ×
乗車人員  24人/日(2004年度平均)
 28人/日(2003年度平均)
管轄
 東日本旅客鉄道 新潟支社。
所属路線  米坂線。
管理
 小国駅。
発着列車  上り 米沢方面 6本/日
 下り 坂町方面 6本/日
  快速 『べにばな』、普通列車が停車する。
主な歴史

 1931年(昭和6年)810
  国有鉄道(鉄道省)米坂東線 今泉-当駅間 開通と共に
  手ノ子駅として開業。
  一般駅。 職員配置駅。 終着駅。
 1933年(昭和8年)1110
  当駅-羽前沼沢間 開通に伴い途中駅となる。
 1936年(昭和11年)831
  小国-越後金丸間 延伸開業により、米沢-坂町(90.7km) が
  全通し米坂線と線名改称。 同線の所属駅となる。
 1972年(昭和47年)102
  貨物扱い廃止。
 1975年(昭和50年)121
  荷物扱い廃止。
  無人駅化。
 1987年(昭和62年)41
  国鉄分割民営化によりJR東日本の所属駅となる。

所在地
 山形県西置賜郡飯豊(いいで)町大字手ノ子1479
  緯度・経度(10進数) : 38.011794, 139.961319
  開業時は、山形県西置賜郡豊川村大字手ノ子。
接続バス  当駅より2km以内にバス停はない。
駅周囲
その他

 単式ホームと駅舎(待合室)のみの無人駅である。
 かつては交換設備を有し、その遺構が残る。
 米坂線は当駅をほぼ南北に走っている。
 駅東側を国道113号線・小国街道が並行しており、
 駅と国道を中心に集落が形成されている。
 また、駅西側は山林になっている。

 
 
 
 
 
 
20108月 撮影  

 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
手ノ子駅 駅舎。
開業時からの木造駅舎であるが、現在と1976年(昭和51年)当時の航空写真を比較すると、
駅舎が半分くらいの大きさになっている。  妻面(両サイド)が切断処理されたようだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
駅舎壁面の建物財産標。
1987年(昭和62年)12月に改修とある。  駅舎を無人駅用に小さくしたときのものであろう。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
駅舎内の様子。
正面の窓は出札窓口、ホワイトボード部分は手荷物窓口跡であろうか?
右手がホーム方向。
 
 
同じく駅舎内の様子。
規模を縮小した駅舎だが、それでも十分すぎるほどの広さを有している。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム北端(羽前椿寄り)から、下り坂町方面を見る。  
 
ホーム北端(羽前椿寄り)から、上り米沢方面を見る。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム北寄り(羽前椿寄り)から、下り坂町方面を見る。  
 
ホーム中程の駅舎前付近より、上り米沢方面を見る。
写真右手に見える建造物の建物財産標には 『鉄 詰所 24-2 平成元年12月』 とある。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム中程の駅舎前付近より、下り坂町方面を見る。
右手に旧上りホームと旧上り本線が横取り線となって残っている。
 
 
   
ホーム南寄り(羽前沼沢寄り)から、上り米沢方面を見る。
交換設備があった当時の航空写真を見ると、左手の旧上りホームの
スロープ下付近から駅舎前にかけて構内踏切(と思われる)が確認出来る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム南端(羽前沼沢寄り)から、下り坂町方面を見る。
線路左側の草地は、かつての貨物側線の路盤である。
貨物扱いのあった1972年(昭和47年)撮影の手元の写真資料では、貨物側線1線、
無蓋車2両(積載物は不明)、盛土式の貨物ホームと、ホーム上に貨物倉庫が確認出来る。
 
 
 
ホーム南端(羽前沼沢寄り)から、上り米沢方面を見る。
交換設備があった当時は相対ホーム22線で、上りホーム外側(西側:写真左手)に
もう1線の側線を有し、計23線の配線であった。(手元の写真資料にて確認)
交換設備が撤去された時期は明確でないが、1975年(昭和50年)12月の
無人駅化により、信号扱いが出来なくなっており(当駅のCTC化は1983年)、
無人駅化以降、上り本線は使用されていなかったものと思われる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホームより駅舎を見る。
妻面(両サイド)は左右対称の形状をしており、
とても切断処理されたとは思えない外観をしている。
 
 
 
 
 
建植型駅名標。
駅名は開業時の地名である 『西置賜郡豊川村大字手ノ子』 より
字名が採用されている。
尚、字名である 『手ノ子』 は1889年(明治22年)4月の町村制施行に伴い
『豊川村』 に合併され消滅した 『手ノ子村』 の村名が残ったものである。
また 『豊川村』 は 1954年(昭和29年)10月の合併により、飯豊村となり消滅している。
尚、『手ノ子村』 とは変わった村名であるが、由来には
『出の郷』 : 出来たばかりの郷(新しい村)の当て字という説と、
『手ご』 と呼ばれる荷負い労働者が集落に多くいたことから の2説ある。
私見としては、越後街道・宇津峠の麓に位置し、江戸時代には交通の要衝として栄えた
手ノ子宿から、宇津峠を越えて小国まで荷車や背負子により商用の荷物を運んだ
『手ごの集落』 説が有力ではないかと考える。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   
   
   
   
   
駅舎前より東へ延びる駅前通り。
右手に見える大きな建物は
JAの支店だが、閉鎖されているようだ。
直進70m程で国道113号線(小国街道)、300m程で山形県道4
米沢飯豊線に出る。
   
   
   
 

羽前椿

羽前沼沢
 
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