HOME駅のある風景東北左沢線羽前高松駅
   
 
   
羽前高松
うぜんたかまつ
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山形交通 路線廃止のご案内 : 三山線 (羽前高松 ⇔ 間沢)
    羽前高松   新田
駅名  羽前高松(うぜんたかまつ)
駅構造
 盛土式単ホーム11線の地上駅。
電化/軌間  左沢線 : 非電化/1067mm
駅舎
 構内北側にS造の地上駅舎。
駅前広場  ○
管理形態
 無人。
きっぷ
うりば
 出札窓口 : ×
 券売機 : ×
 乗車駅証明書発行機 : ×
 乗り越し精算機 : ×
 ICカードチャージ (現金:×、 ビューカード:×)。
改札  行わない。
 ICカード対応 : ×
トイレ  ○ (駅舎内ホーム側)
駅内店舗
 有人店舗 : ×
 自動販売機 : 飲料。
 コインロッカー : ×
連絡通路
 ×
平均
乗車人員
 292人/日(2007年度)
 296人/日(2006年度)
管轄
 東日本旅客鉄道 東北本部。
所属路線  左沢線。
管理
 寒河江駅。
発着列車  下り 左沢行き 13本/日
 上り 山形行き 13本/日
  普通列車が停車する。
  かつては快速列車が停車していた。
主な歴史

 1922年(大正11年)423
  国有鉄道(鉄道省)左沢軽便線の寒河江-左沢間の
  延伸と同時に羽前高松駅として開業。
  一般駅。 職員配置駅。
 1922年(大正11年)92
  左沢軽便線が国有鉄道(鉄道省)左沢線として正式路線化。
  同線の所属駅となる。
 1926年(大正15年)1223
  三山電気鉄道が当駅から海味駅まで開業。
 1943年(昭和18年)101
  三山電気鉄道が尾花沢鉄道・高畠鉄道との合併により
  山形交通三山線となる。
 1974年(昭和49年)1118
  山形交通三山線が廃止、バス転換。(沿線鉱山の閉鎖に
  よる貨物輸送の減少および利用者数減少のため)
 1979年(昭和54年)111
  貨物扱い廃止。 旅客駅となる。
 1982年(昭和57年)32
  交換設備を廃止し、棒線化。
 1982年(昭和57年)38
  駅員無配置駅となり、簡易委託駅化。
  荷物扱い廃止。
 1987年(昭和62年)41
  国鉄分割民営化により、JR東日本の所属駅となる。
 2001年(平成13年)7
  寒河江駅の移転工事に伴い、羽前長崎-左沢間でバス代行
  運転を実施のため、当駅への列車の発着が休止となる。
 2002年(平成14年)216
  寒河江駅移転工事が完了し、当駅への列車の発着が再開。
 2008年(平成20年)41
  簡易委託解除、完全無人駅化。
 2010年(平成22年)228
  新駅舎が完成。

所在地
 山形県寒河江市大字八鍬字郷ノ目。
  緯度・経度(10進数) : 38.397675, 140.248719
 開業時は、山形県西村山郡高松村大字八鍬字郷ノ目。
接続バス  【羽前高松駅前】バス停留所
  場所 : 駅前広場。
   運行 : 西川町営バス
    ・道の駅にしかわ・寒河江駅線。
    ・羽前高松駅・県立河北病院線
駅周囲
その他

 駅開業時は高松村の中心駅であり、村役場は駅の
 北西2km程の道のりにあった。
 旧高松村役場の跡地は、現在寒河江市西部地区公民館と
 して活用されている。
 駅は住宅と農地が混在する立地にあり、周囲にはスーパーや
 飲食店、農協、工場なども見られる。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
20248月 撮影  

 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
羽前高松駅 駅舎。
2010年(平成22年)改築の無人駅用の駅舎である。
駅の北1.4km(直線距離)程にある 『瑞宝山 本山慈恩寺』 をモチーフにしているとのこと。
駅舎完成に伴い、2010年(平成22年)2月に 『新駅舎完成セレモニー』 が行われている。
かつての当駅は有人駅用の木造駅舎を有したが、こちらも駅舎解体に伴い
2009年(平成21年)11月に 『お別れ会』 と称したセレモニーが行われている。
また、駅舎前左手にはかつて大きな樹木が存在したが、2020年前後に伐採されたようだ。
(樹種、伐採理由・時期などの詳細は不明)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
駅舎(待合室)内の様子。
大変きれいに管理されている。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム側より駅舎を見る。
出入口右側にトイレが設置されている。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム西端(柴橋寄り)から、下り左沢方面を見る。  
   
 
 
 
 
 
 
ホーム西端(柴橋寄り)から、上り寒河江、山形方面を見る。
ホーム左側は かつて山形交通三山線の切り欠きホームがあり、
線路は正面の旧駅舎前で車止めされていた。
山形鉄道三山線(さんざんせん)は、出羽三山への参詣客の輸送や、
永松・幸生・高旭・見立・小山など、鉱山との物資運搬を目的に、
1926年(大正15年)1223日に三山電気鉄道として開業したが、
相次ぐ鉱山の閉山と、モータリゼーションの進行により業績が悪化し、
1974年(昭和49年)1118日、羽前高松-間沢間11.4kmの全線が廃止となった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム西寄り(柴橋寄り)から、下り左沢方面を見る。
ホーム右側にあった山形交通三山線ののりばや路盤跡は、
1974年(昭和49年)の廃線後、整地が進み 既にわからなくなっている。
三山線の線路はこの先(西側)に向かって延びており、このホーム先で
左沢線の線路と繋がっていたが、電化方式の違いなどもあり相互乗り入れは行って
いなかったようである。(三山線:直流電化600V 架空電車線方式、軌間1067mm
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム中程より、上り寒河江、山形方面を見る。  
 
 
 
 
 
 
 
ホーム東寄り(西寒河江寄り)の駅舎前より、下り左沢方面を見る。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム東寄り(西寒河江寄り)の駅舎前より、上り寒河江、山形方面を見る。
当駅はかつて交換設備を備え、右手には相対式ホームがあったが、
1982年(昭和57年)3月に廃されている。
1976年(昭和51年)10月撮影の航空写真には、撮影立ち位置付近に構内踏切、
右手のホームには待合室らしき建物が写っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム東端(西寒河江寄り)から、下り左沢方面を見る。
ホーム右手にはかつて貨物ホームと貨物側線が2線あったが、
1979
年(昭和54年)の貨物扱い廃止により、路盤は埋め戻されている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム東端(西寒河江寄り)から、上り寒河江、山形方面を見る。
200m程先に国道287号線の 『高松陸橋』 が見える。
 
 
   
 
 
 
建植型駅名標。
駅名は開業時の地名である 『西村山郡高松村大字八鍬字郷ノ目』 より、
村名が採用されている。
高松村は 1954年(昭和29年)81日 西村山郡寒河江町、西根村、柴橋村、醍醐村と
合併し、市制施行して寒河江市となり消滅しているが、
駅名および駅前周辺の行政地名にその名を残している。
駅名に 『羽前』 を冠したのは 香川県・予讃線の高松駅、石川県・七尾線の高松駅と
区別のためと、同線内の駅名命名の慣習によるものであろう。
『高松村』 は、1889年(明治22年)41日の町村制施行に伴い、
西村山郡米沢村、谷沢村、八鍬村、清助新田村が合併して発足したが、
『高松』 という村名は発足時に新たに付与された村名であり、
高い松ノ木が多くあった説などがあるが、由来は定かでない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
駅前広場にて東側(上り西寒河江方面)を見る。
広い駅前広場を有している。
駅舎は右手奥。
 
 
 
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
  駅前広場にて駅舎方向を見る。
駅前広場に面して建てられている大きな建物は、『旧寒河江市高松区公民館』 で
現在は 『寒河江市西部地区公民館高松分館』 と名称が変わっているようである。
公民館の前には 西川町営バスの 『羽前高松駅前』 停留所が置かれている。
当駅の西方にある西川町には、かつて 山形鉄道三山線が通っていたが、
路線の廃止により 1977年(昭和52年)から、寒河江駅や当駅に
町営のバス路線が開設されている。
 
   
   
   
   
   
 

西寒河江

柴橋
 
HOME駅のある風景東北左沢線羽前高松駅