HOME駅のある風景東北左沢線羽前長崎駅
   
北 山 形  ⇔  左  沢
   
羽前長崎
うぜんながさき
 ← 羽前金沢   左沢線   南寒河江
駅名  羽前長崎(うぜんながさき)
駅構造
 盛土式島ホーム11線の地上駅。
電化/軌間  左沢線 : 非電化/1,067mm
駅舎
 東口 : 地上駅舎(無人)、 西口 : 地上駅舎(有人)
駅前広場  東口 : ○、 西口 : ○
管理形態
 簡易委託。
きっぷ
うりば
 出札窓口 : ○(西口)
 券売機 : ×
 乗車駅証明書発行機 : ×
 乗り越し精算機 : ×
 ICカードチャージ (現金:×、 ビューカード:×)。
改札  簡易Suica自動改札機
 ICカード対応 : ○
トイレ  ○ (東口駅舎内)
駅内店舗
 有人店舗 : ×
 自動販売機 : 飲料。
 コインロッカー : ×
連絡通路
 構内跨線橋。(エレベーター : ×、 エスカレーター : ×)
乗車人員  334人/日(2023年度平均)
 317人/日(2022年度平均)
管轄
 東日本旅客鉄道 東北本部。
所属路線  左沢線。
管理
 寒河江駅。
発着列車  下り 寒河江・左沢方面 16本/日
 上り 山形行き 18本/日
  普通列車が停車する。
  かつては快速列車が停車していた。
主な歴史

 1921年(大正10年)720
  国有鉄道(鉄道省)左沢軽便線の山形-当駅間の開業と
  同時に羽前長崎駅として開業。
  一般駅。 終着駅。 職員配置駅。
 1921年(大正10年)1221
  路線が寒河江駅まで延伸し、途中駅となる。
 1922年(大正11年)92
  左沢軽便線が国有鉄道(鉄道省)左沢線として正式路線化。
  同線の所属駅となる。
 1980年(昭和55年)321
  貨物扱い廃止。
 1982年(昭和57年)38
  荷物扱い廃止。
  駅員無配置により、簡易委託駅化(駅舎内発券)
 1987年(昭和62年)41
  国鉄分割民営化により、JR東日本の所属駅となる。
 2002年(平成14年)216
  交換施設を撤去し棒線化。(下り2番線を撤去)
 2004年(平成16年)
  地域住民の請願により西口を開設。
  同時に出札窓口を西口(ホーム出入口近傍)に移転。
 2024年(令和6年)316
  ICカード「Suica」の利用が可能となる。

所在地
 山形県東村山郡中山町長崎。
  緯度・経度(10進数) : 38.333333, 140.273083
 開業時は、山形県東村山郡長崎町。
接続バス  【JR長崎駅前】バス停留所
  場所 : 駅の東約100m。 一般道沿い。
  運行 : 中山町 町営バス
   ・保険福祉センター-向新田観音前。
駅周囲
その他

 中山町の中心駅となっており、町役場は駅の東1km程に
 位置する。
 尚、現在の中山町役場は、駅開業時の役場であった
 長崎町役場の場所を継承している。
 駅周囲は東側が駅と役場を中心とした市街地、西側は
 広大な田園地帯となっているが、駅の北西側の一般道沿いに
 1960年代頃より宅地開発が進んだようで、大規模ではないが
 住宅街が形成されている。

 
 
 
 
 
 
20248月 撮影  

 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
羽前長崎駅 東口駅舎。
東口は旧来からのエントランスであり、かつては有人用の木造駅舎を有した。
現駅舎は2010年(平成22年)に竣工し、『長崎駅コミュニティ施設』 として
中山町が設置・管理している木造の建築物である。(町有施設である)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
駅舎を別角度(南側)から見る。
構内跨線橋の昇降口部分からも出入りが可能な構造となっている。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
東口駅前の様子。
住宅を中心とした市街地となっている。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
待合室(長崎駅コミュニティ施設)内の様子。
木材を多用した落ち着いた雰囲気である。
奥にトイレが設置されている。
 
 
 
 
 
 
構内跨線橋通路。
中山町発行の資料によると、当跨線橋は中山町の管理であり、
通路壁面の掲示物なども申請により町の規定に適ったものが飾られるとのこと。
跨線橋の建設年については、簡易委託駅となった1982年(昭和57年)との記述があるが、
国鉄が建設し町に移管したものなのか、最初から町の費用で建設したものなのかは不明。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
構内跨線橋通路より、下り寒河江、左沢方面を見る。
この先1km程に中山町と寒河江市の境界の最上川に架かる 『最上川橋梁』 がある。
8連橋で、現役で活躍する国内最古の鉄道橋とのこと。
中山町側の3連は1905年(明治38年)に架橋された福岡県の九州鉄道・筑豊本線
遠賀川橋梁を移設したもので、寒河江市側の5連は1886年(明治19年)に架橋された
東海道本線の初代木曽川橋梁を移設したものである。
左沢軽便線開業の 1921年(大正10年)に竣工している。
 
 
 
 
 
 
 
 
構内跨線橋通路より、上り山形方面を見る。
当駅は元々島式ホーム12線であったが、2002年(平成14年)2月に
ホーム右側(西側)の下り線を撤去している。
また左手で車止めされている線路は旧上り副本線兼貨物線で、
かつては構内の北側(寒河江寄り)と南側(山形寄り)の分岐で本線と繋がっていた。
また、線路左側の小さな建物前付近には、旧貨物ホームが草に埋もれて残っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム北端(南寒河江寄り)から、下り寒河江、左沢方面を見る。
構内跨線橋が建造された1982年以前の航空写真では、
ホーム先に構内踏切があったことが確認できるが、現在は跡形もない。
 
 
 
 
 
 
 
ホーム北端(南寒河江寄り)から、上り山形方面を見る。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム北寄り(南寒河江寄り)の上屋下から、東口駅舎と下り寒河江、左沢方面を見る。
ホーム端の跨線橋階段前に入出場兼用の簡易Suica自動改札機が置かれている。
また、簡易Suica自動改札機左側の飲料の自販機前を左へ西口出入口である。
 
 
 
 
 
 
ホーム北寄り(南寒河江寄り)の上屋下から、上り山形方面を見る。
ホームには古びた待合室が設置されている。
引き戸左脇上部の建物財産標には 『鉄 待合所1号 大正106月』 とある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム中程より、下り寒河江、左沢方面を見る。  
 
 
 
 
 
ホーム上の待合室内の様子。
駅開業当時からの古い建物であり、各所に筋交いによる補強がなされている。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホーム南端(羽前金沢寄り)から、下り寒河江、左沢方面を見る。
右手の線路脇に残る建物の基礎部分は、2001年(平成13年)の
寒河江駅移転工事中に使用された簡易給油所の跡であろうか?
 
 
 
 
 
 
 
ホーム南端(羽前金沢寄り)から、上り山形方面を見る。
左手の旧上り副本線の分岐は、現在横取り分岐となっている。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ホームの跨線橋階段前より、西口駅舎を見る。
小さな駅舎はきっぷうりばのみで待合室はない。
東口からの利用者を考慮のためか、出入口はホーム側を向いている。
また、簡易Suica自動改札機も撮影立ち位置左後方のホーム端に置かれており、
東西両方からの利用者に不便のないような配置がなされている。
 
 
 
 
 
 
 
建植型駅名標。
駅名は開業時の地名である 『山形県東村山郡長崎町』 より町名が採用されている。
当地の行政地名は、東村山郡長崎村 ⇒ 最上村 ⇒ 長崎町 ⇒ 中山町と変遷している。
尚、駅名に 『羽前』 を冠したのは 九州・長崎本線の長崎駅と区別のためと、
同線内の駅名命名の慣習によるものであろう。
地元では 『羽前』 を冠さず 『長崎駅』 で通っている。
『長崎』 とは、地区の東側を南北に流れる 『須川』 に沿って長い岬状の
地形となっていたところから付けられた形状地名である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
構内跨線橋通路より、西口駅前を見る。
樹木の影で駅前広場が見えないが、その先の上屋がある部分が
中山町の設置による駐輪場と駅利用者駐車場である。
駅前から西へ延びる駅前通りは、600m程で国道458号線に突き当たる。
駐輪場や駅前通りは、駅の西口開設に合わせて整備されたとのこと。
整備される以前は田園地帯であった。
また、駅前通り右手(北側)の市街地は、旧来からの集落であるが、
1960年〜1980年代にかけて宅地造成が進んだ 『梅ヶ枝町地区』 である。
 
 
 
 
 
 
 
   
   
西口駅舎の様子。
2004年(平成16年)に開設された西口は、駅前からホームまでバリアフリー化されている。
また、西口駅舎には 『町づくり 拠点事務所』 と表示があり、
中山町の地域コミュニティの拠点ともなっているようである。
   
   
   
   
 

羽前金沢

南寒河江
 
HOME駅のある風景東北左沢線羽前長崎駅